地震・震災情報

放射性物質の放出量、6月末で10億ベクレル

 東京電力は28日、福島第1原発から大気中への放射性物質(放射能)の放出量は、4月末で毎時30億ベクレル、5月末で同20億ベクレルだったとする試算を明らかにした。

 19日に工程表を改訂した際、事故直後は2千兆ベクレルだった放出量が、6月末では約200万分の1の10億ベクレルまで減少したとしていた。

 また、高濃度汚染水の浄化システムの稼働率が上がらず、2、3号機のタービン建屋などにたまった汚染水の移送先の水位が上昇しているため、東電は移送の中断を検討し始めた。

 産経ニュースより

「石油」がなくなることはありえない!武田邦彦先生のブログより転載

ここのところ、浜岡原発の停止要請、ストレステスト、脱原発宣言、と色々と重要なことをとうとつに発表する菅首相。「党内の意思の統一ができていない」「政権維持のための人気取り」「思いつきで記者会見をしている」などの批判の声が多く聞かれるが、これに関しては、先日のテレビで古賀茂明氏(国民の負担を最小限にする東電の破綻処理の方法を提案した結果、退職勧告を受けてしまった経済産業省の人)がとても納得の出来る説明をしていたので(参照、参照)、私なりの解説をしてみる。

分かりやすく言えば、菅首相は東電(=原発推進派)相手のオセロゲームをしているのである。脱原発の菅首相が白、あくまで原発推進の東電が黒。オセロ盤の外にいる国民の多くは白(つまり脱原発)を応援しているが、選挙の時以外は盤面の外にいるので何もできない。盤面の上には、電力会社と政治家はもちろんのこと、経産省の官僚、原子力関係の学者、経団連に属する大企業などがそれぞれの思惑で上がっている。

菅首相にとって分が悪いのは、盤面上のほとんどの人たちがすでに黒であること。国が脱原発をしてしまうと天下り先がなくなって老後の設計が狂ってしまう官僚たち。東電の株主である保険会社。東電にお金を貸している銀行。東電からの巨額の受注で潤うゼネコン。東電と政府からの莫大な研究費がなければ何もできない東大の原子力研究者。そしてとにかく菅首相から政権を奪いたい自民党員。オセロで言えば「四隅」どころかすべての「辺」を黒に取られてしまっている状況だと思えば良い。

そしてとうとう、唯一の頼りの民主党の党員たちも、地元の有力者たちと経団連に挟まれて次々に黒(原発推進派)に転向しはじめたのだ。そのため、「保安院の経産省からの切り離し」、「東電の破綻処理」、「発送電の分離」などの重要案件について党内で合意を取ろうとしても、根回しの段階で原発推進派・東電擁護派に負けてしまうのだ。

そこで菅首相が最終手段として選択したのが、首相であるという地位を利用した「根回しなしのとうとつな記者発表」である。本来は「ちゃんと根回しをして党内の合意を取ってからしか政府の方針として発表しては行けない」というルールがあるのだが、そんなルールに従っていては原発推進派に負けることは目に見えている。浜岡原発への停止要請が金曜日の夜7時という妙な時間に発令されたのも、週明けにまでもちこむと原発推進派の根回しで発表できなくなってしまうと予想されたからだという(同じく古賀茂明氏談)。

記者会見の場で、盤面の外にいる反原発の国民に向かって、「原発の再稼働にはストレステストが必要」、「原発なしでやっていける国を作る」などの国民の意思を反映した明確なメッセージを出し、既成事実化して原発推進派の先手を打とうという作戦である。

特にこと危険な原発に関しては、今までのように民意を無視した状況で色々なことが決まって行くことだけは勘弁して欲しいというのが多くの国民の意思である。ルール違反でもなんでもかまわないので、政治家には民意を反映した政治をして欲しいと切に願う今日このごろである。

米国原子力発電所の75%で放射能もれ。

米国内原子力発電所の大体75%で放射性物質の三重水素(トリチウム)が地中にリークしてることがAPの調べでわかりました。

地下のパイプが錆びたのが主な原因で、その数と度合いは年々エスカレートしてるんだそうな。放置すると地下水に影響が及ぶ可能性もあります。

APによると大体は発電所敷地内に留まり、公共水道には到達していない模様ですが、敷地内サンプルからは健康基準値の何倍もの放射能濃度が検出されたそうですよ。

水素の放射性の同位体である三重水素(トリチウム)が米国内65ヶ所の原発のうち少なくとも48ヶ所で漏れ出ていることがわかった。APが老朽化する原子力発電所の安全性の問題を追う年間取材の一環でアメリカ合衆国原子力委員会(U.S. Nuclear Regulatory Commission)の記録を調べて判明したもの。 うち少なくとも37ヶ所では連邦政府の定める飲料水安全基準値を超える濃度が検出され、中には制限の数百倍のケースもあった。
三重水素(トリチウム)はX線ほど人体に影響がないと考えられていますが、やはりそれでも触れるとがんになる危険性も。米国の原子力発電所の安全基準は操業を続けるため年々緩和されてきているため、こうした設備も老朽化が始まってるのだけど有害物質の問題は目につかなくなっている、とAPは書いてます。
 

APの取材では、何年間も漏えいに気づかずに過ごすケースもたまにあることがわかった。パッチ(継ぎ)を当てたパイプやタンクも多く、汚染された土壌と水を除去した場所もある。が、後になって付近のパイプ、タンク、栓から漏えいが発見されることも多いのだ。
人為ミスや欠陥資材が原因で起きたケースもあるが、数十年に及ぶ使用・劣化で進んだ腐食が、漏えいの主な原因である。

ある安全エンジニアは、この漏えいラッシュは原発事業者が何十年も前のシステムの保守に苦心していることを示唆するものだ、と話している。



一部の原発では汚染地下水の放射能濃度が上限の750倍を超えたのですが、それでも核エネルギーの権威は、市民の健康への影響はないと主張してますよ。

「この問題が一般市民の健康と安全に及ぼす影響はほぼゼロだ」と、業界団体の米原子力エネルギー研究所(Nuclear Energy Institute)の原子力最高責任者Tony Pietrangelo氏は語る。 「これは国民の信頼の問題だ」
仰る通りかもですけど、こういうものには外に出て欲しくない人がほとんどだと思いますよ。続報では、2005年にシカゴ郊外の原発の近所に引っ越してすぐ原発の人が戸口にきて「放射性トリチウムが漏れた」と言った、という方が登場し、「我々の人生台無し」と話していますよ。

因みにその続報の中でAPは、原発周辺に住民が増えても避難基準が何十年も前から更新されてない問題を取り上げています。福島第一原発事故の時は当初、日本が30km圏だったのにアメリカは半径50マイル(80km)に避難勧告を出し、日本でも「さすがアメリカ、怖さを知ってるな」っていう感じで受け止められましたが、福島には50マイルと言う米国も、米国内で事故が起こった場合の避難基準は10マイル(16km)なんだそうな。ここでも触れたけど、「NYのインディアンポイント原子力発電所から50マイルの半径をとると、全国民の6%に相当する1700万人以上の人が逃げなきゃならなくなる」(AP)んですよね...。


[AP]

Adrian Covert(原文/satomi)

被災した子供が東京で検診


写真拡大
医師らの問診を受ける母と子供たち。長いケースでは40分にも及んだ。(23日、港区芝公園。写真:筆者撮影) 写真一覧(2件) 子供の体調を心配する母親の思いが東京まで足を運ばせた。東電・福島第一原発の事故により被曝した子供たちのための健康相談会が23日、港区芝公園で行われた(主催:こども福島情報センター)。

 母親と子供たちを福島から招いたのは「アースデー東京タワーボランティアセンター」。母親に手を引かれた子供18人(ゼロ才〜8才)が医師の問診を受けた。

 母親たちの心配は尋常ではない。事故発生以来、3か月以上経つが、事故収束のメドは立たず、原発からは絶えず放射性物質が撒き散らされているのだから。文科省が校庭の放射線の許容量を20mSv/年としたことも親たちの不安と怒りを掻き立てた。

 不安は溜りに溜まっているのだろう。問診は短くて15分、長い母子は40分にも及んだ。

 福島市内でも最高レベルの線量が測定される小学校に子供(小3)を通わせる母親に話を聞いた―

 「目の下のクマが気になる。先月末に鼻血と下痢があった」。母親は問診前、我が子の体調をこのように話した。

 小児科医の問診を受けること、20分あまり。母親は目を赤く腫らしていた。「医師からは『(福島に)戻るな』と言われた。『住み続けると19才までに発ガンする可能性がある。早ければ1年後に発症する』と言うことだった」。

 すぐにでも避難したいところだが、この母子には簡単に福島を去れない事情がある。夫(父親)は地方公務員で家のローンが残っているからだ。

 家族ぐるみで他県に移り住めば収入はなくなる。夫が福島に残れば、家族は離れ離れになる。「もう絶望的」、母親は肩を落とした。多くの家庭は同様の事情を抱えている。

 健康相談会を終えた医師(3人のうち2人)が記者会見を開き、次のように述べた――

 黒部信一医師(小児科)「福島の子供たちはハイレベルの放射線を浴びているので、皆避難させたいが、転出先でストレスが溜まると病気になりやすくなる。福島から来た子供は放射能を浴びている、などといわれのない差別を受けることもある」。

 山田真医師(小児科)「毎日、不安のなかで生きていくのはストレスが大きい。長期は持たない。不安とストレスのない地で生活した方がよい。子供らしい生活ができた方がいいと(母親たちに)アドバイスした」。

 前出の母親は医師の勧めを受け入れることにした――

 「夫を残して自分たちだけ逃げるのは心苦しいが、子供を守るために決心した。先生(医師)が背中を押してくれた。住み慣れた福島を離れなければならない。誰を恨めばよいのか」。

 原発はひとたび事故が起きれば、夥しい数の人々を不幸のどん底に突き落とす。海江田経産相や政府のお歴々は簡単に「再稼働」を口にするが、被曝者を救うことの方が先ではないのか。子どもの未来を考えない国家に将来はないのである。

原発再稼働に全国知事が不快感 原発再稼働に全国知事が不快感

原発再稼働に向けて、海江田万里経済産業相が原発のある自治体を説明に「行脚」する。原子力安全・保安院が2011年6月15〜16日に行った立ち入り検査を終え、経産相は「深刻な事故に対する措置が実施されていることを確認した」として、原発が立地する自治体に原発の運転再開に理解を求めた。

原発の再稼働をめぐっては、政府が電力会社に対して3月の緊急安全対策に続く追加策を指示。電力会社は6月14日までに報告書を提出していた。

菅直人首相もインターネットで、「(原発再稼動について)海江田大臣の考えは、わたしもまったく同じだ」と述べ、国として「再稼働」の方針を明確にした。

反発強める知事「安全性の回答不十分」
海江田経産相は原発の再稼働に向けて、「必要とあらば、わたし自身が立地地域にうかがって直接ご説明とお願いを申し上げたい」と語る。

しかし、原発を抱える自治体の知事らは「原発再稼働」の方針に不快感をあらわにする。13基の原発が立地する福井県の西川一誠知事は6月20日の記者会見で「状況は変わっていない」と話し、現段階での原発の再稼働は認められないとの認識を示した。現在停止中の中部電力の浜岡原発との安全性に違いについて、政府に説明を求めているが回答は得られていないという。

東京電力の柏崎刈羽原発を有する新潟県の泉田裕彦知事も「福島原発の事故原因の検証もないまま、安全性を確認したなどと発表するなど、論評に値しない」と批判。佐藤雄平福島県知事は「どのように安全なのか聞いていないが、それが大前提になる」と話し、冷温停止中の福島第二原発の「再稼働はあり得ない」と言い切った。

どこも「安全性についての回答が不十分」との認識で、国の方針を鵜呑みにはできないとの立場だ。

半面、原発の再稼働に複雑な心境をにじませたのが、東北電力の女川原発がある宮城県の村井嘉浩知事。海江田経産相の説明に、村井知事は「一定程度の理解をする」とし、「再開についてコメントする段階にない」と述べるにとどめた。

また、九州電力の玄海原発がある佐賀県の古川康知事も、「開会中の県議会との議論なども踏まえて判断したい」と明言を避けている。

立ち入り検査の直前に地元への説得表明
海江田経産相は原発の安全対策を確認する立ち入り検査の直前の6月14日に、関西電力の八木誠社長と会談。福井県の西川知事が「原発の再稼働は認めない」との姿勢を崩さないなか、八木社長が「福井県に足を運んで説得してほしい」と伝えると、「協力を得るために努力したい」と話し、原発の安全性の説明に地元への訪問も辞さない考えを、この時すでに明らかにしていた。

その翌日の15日には、伊方原発を抱える愛媛県の中村時広知事に対して、「立ち入り検査の結果が出次第、止まっているところは再稼働ということにしたい」と述べている。立ち入り検査が終わっていないのに、自治体への説得を表明しては、「(再稼働の)結論ありき」と受け止められる。その意味で軽率な発言だった。

再開へ前途は多難だ。

■J-CASTニュースより

超濃縮…原発“死の泥”処理は?手抜き「工程表」記述なし。zakzak(夕刊フジ)より

東京電力福島第1原発事故で新たな問題が浮上した。汚染水処理で発生する高濃度の放射性物質を含んだ汚泥の処分が工程表に含まれていなかったのだ。東電は9日、汚染水浄化システムの試運転を開始。死の灰ならぬ“死の泥”をどう始末するか見通しが立たぬまま、汚染水の処理が本格化しようとしている。

 東電によると、汚染水処理によって発生する汚泥は約2000立方メートルに達する。汚泥には凝縮された高濃度の放射性物質が含まれる。濃度は1立方センチあたり1億ベクレルとみられる。

 どれほどの濃さなのか。5月上旬、3号機の使用済み核燃料プールの水からは、放射性物質が1立方センチあたり15万ベクレルが検出された。通常時の炉水と比べて1000倍だったが、汚泥は1立方センチあたり1億ベクレル。単純に比較できないが、いかにケタ外れの濃度かが分かる。

 汚泥は同原発内の集中廃棄物処理施設に保管される見通しだ。ところが処理施設の余裕は1200立方メートル分だけ。残り800立方メートル分をどうするか現時点で決まっていないだけでなく、工程表には最終的な処理、保管法が含まれていない。

 原子力安全・保安院の西山英彦審議官は汚泥問題について「日本でも出たことがないので研究開発からやらないといけない。安全規制、現実の処理の方法、法律上の処理を考えると、長いプロセスになると思う」と話すにとどめ、明確な対応策を打ち出せていない。

 すでに汚染水処理システムは試運転し、15日をめどに本格稼働、死の泥は出続けることになる。

 原発に批判的な専門家からは「原発そのものが使用済み燃料など管理の難しいゴミを大量に生み出すシステム。見切り発車して後で埋め場所をどこかに押し付けるのはいつものこと」と冷ややかな声も上がっている。

3つのホットスポット。武田邦彦先生のブログより転載

放射線を発する元素を「ホットアトム」と言います.もう少し専門的に言うと、放射線を出した元素は、その直後は特別な状態にありますので、それを「ホット」と呼びます(学問的用語).

一方では、福島原発からの放射性物質は重さ形も「火山からの噴煙(灰)」のようなものですから、風にながれて、まだらに地表に落ちました。これを「ホットアトムが多い場所」という意味で「ホットスポット」と呼びます.

4月からこのブログでも呼びかけて来ましたが、それを整理してみました。

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【ビッグ】

今回は福島原発から西北に流れ、福島市まで行ってから南に流れ、二本松、郡山に達しました。

学問的には今後の研究によって明らかになると思いますが、4月初旬に放射線の増え方を見ていたら、その後、白河や宇都宮の横を流れ、柏市から松戸、三郷、葛飾、浅草、文京から新宿まで流れたような感じでした。

4月にこのような地域から「地面の放射線が強い」など読者からのメールをいただきました。

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このような放射性物質の流れは、1000メートルということではなく数100メートルの高さのようで、山は越えられないようです。また、下降気流や雨、ビルへの衝突や気流の乱れなどで、ときどきまとめて地表に降りたようです.

このような場所を「ホットスポット」として意識すれば、被曝を少なくする手段があることになります。

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【ミニ】

さらに、地表に降りる時に、これもまた気流の関係で「まだら模倣」になり、福島の小学校でも校庭の放射線が強い場所と弱い場所がありました。

5月になると、さらに地表に落ちた放射性物質が雨、風や人間の靴などによって運ばれて「二次的に集まる」ようになり、そこに「ミニ・ホットスポット」が出来ました。

つまり、

1) ビッグ・ホットスポット

2) ホットスポット

3) ミニ・ホットスポット

の3つがあります。このことを先日、「女性自身」(週刊誌)で説明しました。

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【被曝の下げ方】

本当は政府(自治体ではない)がやらなければならないのですが、国会がああいう状態ですから、市民と自治体が「命を守るため」に緊急出動しなければなりません。

子供は誰かが守らなければならないからです。大人が犠牲(大した犠牲ではなく、法律的にできないとか、自分の職務ではないという程度のもの)になったほうが良いでしょう。

1) ビッグ・ホットスポットに入っている人たちは、「除染する」、「コンクリートの建物にいる時間を長くする」、「時々、日曜日などは日本海側に休みに行く」などが大切です.

2) ホットスポットの中にいる人で、サラリーマンは朝、出勤してホットスポットからのがれますが、家庭におられる人は、「できるだけ放射線の少ないところに買い物や遊びに行く」、「家の回りだけでも雑草を取り、土の表面を少し削り、掃除をする」などが良いでしょう.

3) ミニ・ホットスポットは地図を作り、特に危険な箇所には黄色い枠などをするのも良いかも知れません。これには自治体や地域のご協力がいるでしょう。表土を除いて校庭の放射線が10分の1になった郡山市の小学校でも、溝の舛のところは、私が測ったら10倍もありました。こんなところは黄色い枠でもしておくと、児童が気をつけるでしょう。

問題もいくつかあります。

ビッグ・ホットスポットのご家庭はある程度、掃除をしたら周囲に全体的に放射性物質があるので、線量が下がらなくなります.その後は、少しずつミニ・ホットスポットを見つけて除染すること、「法律では放射性物質を取り扱う責任は国にある」ということをことある毎に国に言うことでしょう。

ホットスポットにあたるところは、自治体や商店街が中心になって除染を進めることです。

「どこが汚染されているか判ったら客足が止まる」など大人の都合を優先せず、「被曝する子供達を少しでも少なくするために、大人が犠牲になる」ぐらいの気持ちになってほしいものです。

また、正確な測定値ではないとなどと、理屈をこねていると、その間に子供達が被曝します。少しいい加減でも実行が大切です.

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いずれにしても、放射性物質は「噴煙の灰」ですから、それが目に見える(本当は見えませんが)ようにお父さん、お母さんが感じることができれば、今後も状態が変わっていきますから、良いと思います.

なにしろ、郡山の小学校のように、「除染したら何分の1」、「溜め舛に近寄らなければ何分の1」になるのですから、積極的に考えて「被曝しない貯金」を増やしてください。

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空気中の放射線は激減しましたので、マスクは要りませんが、「かつて空気中にあった粒は、同じ量が地面に落ちているのですから、

1) 子供を地面に近づかせないこと、

2) 風の強い日は地面の放射性物質がまき散らされるのでマスクをする、

3) 雨の日は地面の粒が流れて水たまりに移動するので子供が水たまりで遊ぶのを注意する、

4) 母乳の人は自分が吸い込むと赤ちゃんに行きますから、気を配ってください。放射線は注意をすれば怖がることもありません、

などが必要です。

杞憂であればいいのだが‥‥。大谷氏のブログより転載。

 5月の半ば、やっと東日本大震災の被災地をカメラクルーとともに走ってきた。岩手の陸前高田から宮城の気仙沼、仙台まで。距離は長かったが、たった1日半の強行日程。取材というより、この2か月の間、あの悲しみと苦しみの中で私たちのニュース番組で東京のスタジオと繋いで中継に応じて下さったみなさんに、お礼を申し上げ、近況をお聞きするための旅だった。

 とは言え、この間、スタジオで延べ何十時間と見た映像と、実際の光景はあまりにも違う。どう表現していいのか、己の語彙の不足を嘆くばかりだったが、これからも日程の都合のつく限り、被災地に入りたい。知己を得た人々の今後は末永く報道し続けたい。

 さて、その一方、相変わらず、東京、大阪、そして名古屋と走り回る日常が続いている。今週はそこに福岡が加わる。そうやって被災地以外の都会から、この東日本大震災を思うとき、杞憂であってほしいと願いつつ、デジャブ(既視感)とでも言うのだろうか、ある感覚が私にまとわりついて離れない。もちろん私に戦争体験も戦時中の経験もない。だが、それはなぜか既視感となって現れるのだ。

 東京では、復興構想会議だの、復興基本法だのの会議や法律の整備に忙しい。ナントカ委員会は一時、30近くを数えた。それらが無駄とは言わない。だが、現地の現実はそんなものとは程遠い。2か月たってやったことはガレキの撤去ではない。ただ、ガレキを道の端に寄せただけではないか。そんななか、現地はもちろん、東京、大阪でもやたら目につくのは、「がんばろう 東北」「がんばろう 日本」の標語、スローガンだ。私の定宿の東京のホテルでも、スタッフは全員「GANBAROU JAPAN」のワッペンをつけている。そのこと事態を批判する気はない。だが、そこに現実と乖離した精神論がありはしないか。戦況著しく悪化するなか、「一億火の玉」「撃ちてし止まん」。これは、どこか「がんばろう‥‥」の姿と似てはいないか。あの「がんばろう」の旗や幟の下にモンペやゲートル姿の人がいた方がどこか絵になるような気がする。

 原発をめぐって日本は、あの時代のまんまではないかという声が海外で高まっているという。戦地では玉砕に次ぐ玉砕。だが、大本営は「撤退」を「転戦」と言い募り、決して敗北を認めなかった。空襲で東京も大阪の焼け野原になっているのを国民が目の当たりにしていてもラジオから流れる言葉は「被害は軽微」。他方、対外には決して真実を語らない。国際社会がいくら調査団を出そうとも、「満州国は独立国家」と言い放ったのだ。

 高濃度の放射能がバラまかれていても、国民には「ただちに健康への影響はない!」。事故から数十時間後には炉心溶融が起きていたのに、炉心どころか、格納容器にも圧力容器にも「異常ナシ」。遠く北欧の国が、アジアの放射線量のデータを出しているのに、当の日本は「出す気はない」。

 母国から真実を知らされた外国人が次々、日本を脱出すると「過剰反応」とせせら笑ってみせた。だけど、本当のことを知らされていなかったのは日本国民だけだった。まさに「あの時代」の日本であり、日本国民ではないのか。

 「避難地域」「警戒地域」からの移住。それに学校の休校、他地域の学校を借りての間借り授業。口が裂けても使いたくない言葉だろうが、まさしくこれは「強制疎開」であり、「学童疎開」ではないのか。

 メディアを総動員しての節電対策にクールビズとやら。懐かしい団扇に扇子に扇風機の出番だそうだ。節電対策を得々と語る俄評論家、いま風にいうとエコロジスト。この人たちのことを決して悪く言う気はないが、やっぱりあの時代、割烹着姿で声を張り上げた「欲しがりません。勝つまでは」を彷彿とさせてしまうのだ。

 一時ほどではないにしろ、一体、何の意味があるのかと言いたくなるような自粛ムード。隅田川の花火大会は日を遅らせての開催となったが、東京湾大華火大会は震災直後に中止を決めたままだ。様々なイベントやコンサートも「震災支援」を謳わないと、やりにくい状況は変わらない。お祭り騒ぎ、華美なことは自粛が続く。もちろん2万5000人を超える死者、行方不明者。鎮魂の気持は持ち続けたい。だが、それがそうあるべきだと強制されると、「パーマネントはやめましょう」のいやぁーな標語を思い起こしてしまうのだ。

 1936年(昭和11年)の2・26事件で決起した青年将校の思いは東北の貧困を見かねたことにあった。「彼の地では、いまも娘が売られている」。それが彼らを突き動かした。だが、その後も、政党政治は体をなさない。政争に明け暮れて、スキャンダルを暴き合う。そこに台頭してきたのが軍部だった。テモクラシーは葬り去って、国民の目と耳と口を塞いで、精神論を振り回し、あの時代へと引きずっていったのだ。

 誰かが東日本大震災を受けて、「第二の戦後」だと言ったとか。そうだろうか。私は、この復興の遅れは国民を第二の戦前、戦中に引きずり込んでいるように思えてならない。この漠然と既視感が杞憂であることを願っている。だが、その杞憂を杞憂で終わらせるためには、ほんの一握りの人たちでいい、メディアが心の隅で私の杞憂を共有してくれることを願っている。

東日本大震災‏(YouTube 検索)
 http://www.youtube.com/results?search_query=東日本大震災

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